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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)5240号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

垰野兪

横塚章

被告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

多賀健三郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の家屋を明け渡せ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、別紙物件目録記載の家屋(以下、本件家屋という。)を所有している。

2  被告は、本件家屋に居住し、これを占有している。

よつて、原告は、被告に対し、所有権に基づいて、本件家屋の明渡を求める。

二  請求の原因に対する認否

請求原因事実はすべて認める。

三  抗弁

被告は昭和五四年四月八日原告と婚姻(以下、特に断わらない限り婚姻の成立の意味である。)したが、本件家屋は原告が同年三月被告との婚姻後の生活の本拠とするために購入したものであつて、原告と被告は、婚姻後本件家屋に同居してこれを生活の本拠としてきたものであるから、被告には本件家屋に居住する権原がある。

四  抗弁に対する認否

抗弁のうち、被告がその主張の日に原告と婚姻し、本件家屋を原告が被告との婚姻後の生活の本拠とするために購入したこと、原告と被告が婚姻後昭和五八年一〇月六日まで本件家屋に同居したことは認めるが、被告に本件家屋の居住権があることは争う。

五  再抗弁

(一)民法は、夫婦の財産について別産制を採り、夫婦それぞれの所有物はそれぞれの特有財産である旨規定している。その上で、婚姻費用の分担の規定(七六〇条)及び日常家事債務の連帯責任の規定(七六一条)をもつて夫婦の共同体として生活を保持し得るよう取り計らつたものである。したがつて、夫婦の一方が他方の特有財産(所有財産)に対する関係は一般の法的関係が適用されるのであつて、ただ、それに対して七六〇条・七六一条が例外を伴うのである。そして、原告は、被告に対し、婚姻費用として月額二〇万円を支払う義務を負担している。通常女性が一人で生活するためには月額二〇万円で十分でありむしろ過分である。被告が原告所有の一戸建の本件家屋を無償で占有する権利は存在しない。

(二)原告と被告は、婚姻して同居した当初から不仲の状態が続いた。すなわち、被告は、平素から時々急に不機嫌になることが多く、原告に対して口論をしかけてくることも多かったのであるが、さらに、食事中でも水をかけたり物を投つける等の乱暴な行為をするとともに、「出ていけ」と何度となく言い、これらが契機で互いに「出ていけ」との言合いになることが何度となく行われていた。これらの他に、被告は、原告に対し、首を締める、むしゃぶりつく、包丁をつきつける、研究データを破る等の乱暴な行為をしたり、原告を自動車で無理矢理原告の実家の前まで連れ出す等の行為もしている。そのようなことがあったため、原告は、結局根負けして、昭和五八年一〇月六日、やむなく本件家屋を出て肩書住所地に別居するに至つた。

原告は、昭和五九年八月一日、東京家庭裁判所に夫婦関係調整の調停を申し立てた(同庁同年家(イ)第四一三八号)が不調に終り、昭和六一年に東京地方裁判所に離婚の訴訟を提起し(同庁同年(タ)第一四六号)、現在民事第一部に係属している。原告と被告は別居して既に三年になり、その間、原告は右のように調停と訴訟を、被告は東京家庭裁判所に婚姻費用分担の審判の申立を起こし、原告と被告の夫婦関係は完全に破綻している。夫婦関係が破綻している現在、被告が原告所有の本件家庭を占有する権利は存在しない。

六  再抗弁に対する認否

(一)再抗弁(一)のうち、原告が被告に対して婚姻費用として月額二〇万円を支払う義務を負担していること、原告が一戸建の本件家屋を所有していることは認めるが、その余の事実及び法律上の主張は争う。

(二)再抗弁(二)のうち、原告がその主張の日に本件家屋を出て肩書住所に別居していること、原告がその主張の調停の申立及び訴訟の提起をし右調停が不調に終り右訴訟が係属中であること、被告が原告主張の審判の申立をしたこと、原告が本件家屋を所有していることは認めるがその余の事実は否認する。被告が包丁を手に持つたことはあるが、それは被告が原告から数々の暴行を受け身の危険を感じて思わず手にしたものであつて、それも直ぐに仕舞つている。原告こそ昭和五八年四月以降被告に対してしばしば激しい暴力を振るい、母から離婚しろといわれた、お前はここから出ろなどというようになり、同年一〇月六日一方的に本件家屋を出て原告の実母の許に行つてしまつたのである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因事実については、当事者間に争いがない。

二夫婦が明示又は黙示に夫婦共同生活の場所を定めた場合において、その場所が夫婦の一方の所有する家屋であるときは、他方は、少なくとも夫婦の間においては、明示又は黙示の合意によつて右家屋を夫婦共同生活の場所とすることを廃止する等の特段の事由のない限り、右家屋に居住する権限を有すると解すべきところ、原告が昭和五四年三月被告との婚姻を直後に控えて婚姻後の夫婦共同生活の本拠とするべく本件家屋を購入し、婚姻後昭和五八年一〇月六日まで被告と本件家屋に同居したことについては当事者間に争いがないから、被告は、右の特段の事由のない限り、原告との間で本件家屋に居住する権原を有すると解すべきである。

三「原告は、夫婦別産制を盾に取り、夫婦の一方が他方の特有財産に対する関係は原則として一般の法的関係が適用される旨主張するが、仮に右の主張が一般論としては妥当するとしても、本件において原告のいう特有財産なるものは夫婦がその共同生活の場所と定めた家屋であつて、ことは夫の特有財産たる右家屋に妻が居住する権原を有するか否かであるから、その場合にもなお妻に賃借権、使用借権等の一般的な占有権原を有すること要求する原告の右主張は、独自の見解であつて採用するに由ないというべきである。

原告は、また、被告に対して婚姻費用として月額二〇万円を支払う義務を負担しており、右婚姻費用は被告が一人で生活するには十分過ぎる位の額であるから、被告が本件家屋を無償で占有する権利はない旨主張する。しかしながら、右主張は前記特段の事由に当たらないから主張自体失当である(ちなみに、被告が東京家庭裁判所に婚姻費用分担の審判の申立をしたこと、原告が被告に対して月額二〇万円の婚姻費用を支払う義務を負担していることは当事者間に争いがないところ、〈証拠〉によれば、右義務は右審判及びその抗告審(東京高等裁判所昭和六〇年(ラ)第七四九号)である同裁判所の決定で認められたものであるところ、同裁判所は、右婚姻費用額を、被告が本件家屋に居住することを前提として判断していることを認めることができるから、原告の右主張は裁判所の決定をすら無視するものというべきである。)。

原告は、さらに、原告が本件家屋を出たのは粗暴な被告との同居に耐えられなかつたためであり、かつ、被告との婚姻生活は既に破綻しているから、被告には本件家屋に居住する権限がない旨主張する。しかし、原告のこの主張も前記特段の事由を構成するものではないから、主張自体理由がないといわざるを得ない。

四そうとすれば、原告の本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官並木 茂)

別紙物件目録

一、家屋

所在 世田谷区○町○丁目○○番地

家屋番号 参六八番壱〇

種類 居 宅

構造 木造瓦葺弐階建

床面積 壱階四四・五五平方メートル

弐階四弐・壱弐平方メートル

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